何一つやり直す事はできないけれど、こんな気持ちだったのではと考えられる時間は穏やかで、幸せなひとときです。白黒写真に色をつけてゆくように、自分の記憶に絵の具を重ねて、雨や陽射しや匂いを思い出します。細胞は半年ですべて別のものに入れ替わってしまうけれど、残すべきものは覚えているのですね。欠けたり、飛んでいったり、なくなってしまった栞もあるけれど、季節が巡ればまた思い出すこともあると感じています。
1・寝そべって座らせないか寂しくて空けておくのか心のベンチ
2・月一の買い物遠出でバスに乗る黒い排気も母との記憶
3・幼さは何時までも在り思い出す母の景色に紛れる我を
4・スイッチを押したり上げたり回したり発進したい男の子たち
5・校庭をぐっと引き寄せ蹴上げれば空に張り付くズックの白さ
6・青春のアイドリングは「おはよう」の息の白さよ十六の冬
7・おはようは其の手の中で温められカタコトの跳ねる笑顔の神父
8・少年は小さき命の重み知りくちばしを閉づ亡骸を抱く
9・争いが何も生まぬとチビはいい眼差し送る諭されている
10・良いことも悪かったことも過ぎ去ればすべては時の微睡みの中
11・母の背は丸く小さくなってゆく生まれる前に旅するように
12・鮮やかなスクリーントーン青春は色褪せずあり ハートカクテル
13・校門は結界だった弾かれて木曜はただ海を見ていた
14・戻れたら君の中にいる少年になりたかったな秋の放課後
15・触れたなら死ぬかもしれぬ生き物を見つけたようだ ときめいている
2019年8月28日
短歌 ミルク