綻びてゆく物に触れたとき、時間という辛辣な力を思い知ります。様々な感情や情景や時代の風が過ぎていく中で、静かに刻まれた記憶の破片を拾い集めては、また引き出しに仕舞い込んでを繰り返すばかり。それはあまりに断片的で、とても大きなジグソーの作品にはならないけれど、私と昔の私をつなぐ些細な手がかりになっているのです。
1・思い出はいびつな方が刻まれて片減りばかりの運動靴も
2・母と子の途切れた記憶デイケアでシガーフライの味がつなぐ日
3・いつだってまだらに解凍されてゆく解かれることを嫌う思い出
4・記念日に母は大きなしゃもじ振る程よく欠けて酢飯梳きたり
5・手の先が誰でも母の温もりがそこにあるのか眠る子猫よ
6・幼子は暦のマスを埋めてゆく指折り紡ぐ花を見た歌
7・願わくば飛び出す絵本に隠れてさずっと待ちたい閉じ仕舞われて
8・ハチミツの壺抱くクマを抱き眠る子を抱き我は平穏を抱く
9・退院で角の取れたる悪友と話題ひとしく過去形となり
10・ふるさとへ帰れば息も普段着になりて纏わりゆっくり話す
11・故郷に帰れる理由鮭になり匂いだと知るバスを降りたら
12・年々と痕はなだらか右下がり暦の位置は母に近づく
13・でこぼこの担ぎ手なれど嬉しげに神輿は跳ねて賑わいの里
14・凍ゆ日に育てた冬の優しさか蓮華の蜜をそっと含めば
15・3本の列車と風を見過ごして少女はページをまだめくらない
2019年6月20日
短歌 ミルク