《表に見えないストーリー》
視点移動の話は非常にわかりづらいと感じておりますので、再度例を挙げてお話したいと思います。先の言葉はかき混ぜて・・の回の中にもヒントとして入れておいたのですが、この歌を例に視点と視点を導くストーリーを追ってゆきたいと思います。
・悟られる悩みでもない屋上で遠い目をして追う空のいろ
(悟られる悩みでもない)ということでまず、悩みを持つ自分以外に他の誰かがいることがわかります。悩みには悟られる悩みと悟られない悩みがあり、深刻さや相手との関係性で異なりますが、悟られていないことから、自分や周りが騒いだり行動したりしたことでどうにかなるような問題では無いことがわかります。心の深淵にあり、取るに足らない気苦労なのか、はたまた社会に蔓延る大きな問題なのか、それは定かではありません。
屋上と場所の指定がありますから、学校や会社の屋上なのでしょう、自分は仰向けに寝転がって、ただただ流れる雲や、さして変化のない空を見上げています。自分が悩んでいてもいなくてもそんな事とは無関係に流れる雲を見て、空には悩みなどあるのだろうか、そんな問いかけが浮かんでいるかもしれません。たった一人の小さな悩みの種と、その問いをぶつける大きな空との間で、心は座り心地の悪い椅子のように、落ち着く場所を探しているという歌です。
A(自分に深くは感心を示さない仲間 学校や職場)
B(悩みを持ちながら打ち明けるでもなくモヤモヤしている自分)
C(一人になれる屋上でただ空を見上げている自分を見ている別の自分)
D(空を見上げている自分を俯瞰で見下ろしている存在)
歌が何度も読まれるには、どこからどこをとか、誰から誰のことをといった心情の方向が複数存在することが必要だと感じています。
自分の事を詠んだ歌であっても、周りとの関係性や第三者的な視点を追加することで、より言葉のもたらす意味や情景を掘り下げてイメージすることができます。
A・B・C・D・の何れの視点にもなれて、何れの心情にも思い当たることがあるというのが、理想的だと思いますが、簡単に同意や共感できないポイントでも、(こんな感じかな)と想像できるなら十分だと思います。
この歌では、Cの視点を導けることが最も重要で、ここが作歌のど真ん中になっています。
自分のリアルな目線や視点ではなくて、それを観察しているもうひとりの自分の視点です。
遠い目をすることや遠い目をしている人を見かけることはそう多くはありません。遠い目をしていた時の記憶や、そんな人を見た経験をたぐり寄せ、遠い目が見ている先や見ている場所、時間、状況などで、より細かく主人公となる人の心の景色を自らに再投影できるかどうかがカギとなります。
自分を見ている存在が3つもあること、自分を含めて4つの視点があることが、歌の世界を大きく広げる素因となります。最初から、あえて複数の視点を強く意識する必要はありませんが、Cの視点だけは、見失ってしまうと致命的なものになります。Bの自分自身だけでも作歌は出来るでしょう。
多くの初心者はこのBの自分の告白や現状報告といった歌に終始していて、取り留めがありません。
一句一句に込められた言葉の裏側にある見えないストーリーを追いかけて、インビジブルなCの視点を探し出さなければ、歌意の1/100も理解できていないでしょう。上辺だけの歌評や感想、批評などに惑わされないためにも、しっかり言葉を追いかけるというしつこさも必要だと感じています。
※おまけ
結句の(空のいろ)ですが、日中を現すためにわざと平仮名にしています。(空の色)では、夜空をイメージする場合も考えられますが、平仮名の(いろ)にすると明るい色がついた軟らかい感じの味付けになると思います。漢字のままでもいけそうな気はしますが、ダメ押し的に平仮名としています。
2019年10月20日
短歌 ミルク