《言葉はかきまぜてから選ぶ》
言葉は強い力を持つものほど周りの言葉に大きな影響を与え、周りは忖度をし始めて似たような言葉が並んでしまうことになりかねません。本当は様々な意味や使い方があるにも関わらず、AならばBというようにパターン化されて使われてしまい、強い既視感だけが残ってしまう残念な歌はそこかしこで見受けられます。
「遠い」という言葉を例に考えてみます。
距離や関係性、また現象なども現すことのできる言葉ですが、掛かる言葉や続く言葉で大きく使い方が変わって、非常に幅が広いことがわかります。
●測れるもの、こと(距離や時間軸が)
・遠い過去、未来(時間軸)
・遠い宇宙、星(相当離れているが距離はわかる)
・遠い空、海(心情が及ぶ範囲の距離)
・遠い国(それでも地球上の外国)
・遠い血縁(辿れば辿れなくはない)
●測れないもの、こと(想像)
・遠い場所(天国、死後の世界など)
・遠い目(意思や思考を伴わない状態)
・遠い記憶、思い出(おぼろげな記憶)
・遠い声や音(聞こえているかどうか定かではない)
●及ばないことの例え
・気が遠くなる(想像もつかない)
・耳が遠い(老化現象)
大ざっぱに挙げてみましたが、それでもこれだけ出てきます。試しにベタな作り方ですが、テイストを違えて3つの歌を作ってみました。あえてそれぞれに少し説明を付け加えましたので、「遠い」が持つ広がりを意識して読んでいただければ幸いです。
1・悟られる悩みでもない屋上で遠い目をして追う空のいろ
悩みなく寡黙で居続けることは難しいことです。適当にあしらって続けている関係性のクラスメートでは、奥深い悩みの種を見つけることは困難でしょう。自分にだけは見えている「たいせつなもの」が、他のみんなには見えていないということは、何も探さずに空を眺めているようなものです。
2・友情にまだ遠くあり妬みまで君を掘り出し擦り傷だらけ
フラれた相手と仲良くすることはとても難しいことです。男女でも、そうではなくても、均された毛を逆立てるように、憎悪や妬みの感情を持ってしまいがちです。痛みがあることをわかっていても、現実を受け入れる器が出来るには時間が掛かります。長い道のりを転がって、岩がいつか丸い小石になるように。
3・金網が隔てて遠い故郷の草木に触れる 線量計止めて
わずか金網一枚、手を伸ばせば草木に触れることができる距離感なのに、帰還困難区域は遠い故郷と言わざるを得ません。近くて遠いこの状況は、利便の裏には必ず不便な何かが潜んでいることの象徴のようであり、雑草のような草木であってもそこで生き続けるものたちへの遙かな願いが込められています。
「遠い」という言葉が単なる距離感を越えて、異なる二つの事柄や関係性の隔たりを現す、大きな世界をはらんだ言葉だということがわかりますが、作り始めていきなりバックグラウンドの大きな世界を意識するかと言われると、そうではないと思います。
ただ意味や用例などから言葉のポテンシャルを探る試みは、とても重要だと感じています。
私はあまり頭が良くないせいか、ずらっと一度書き出した候補をひたすら眺めてイメージしています。思い浮かぶ情景の中で、言葉足らずなものをどんどんふるい落として、その言葉以外では無理かなと思える所まで頭の中でかき混ぜています。
書き出して書き出して、また書き出して、ああでもないこうでもないと、頭を抱えるばかりです。もっと賢ければこんなことをせずにバチッと嵌まる言葉がすぐに出てくるのでしょうか? 頭の皺を増やすということは大変なことだということを、今更ながら思い知っています。
そんな作業の中ではもちろん知らなかった言葉や名前や由来に出会います。かき混ぜたからこそ、幾つものヒントという泡が立ちましたし、強い固定観念という汚れも徐々に落とすことができるのだと思います。言葉といっしょに視線や視点、心情や記憶もかき混ぜて、ようやくその人なりの世界が形作られるのだと思っています。
2019年10月19日
短歌 ミルク