作歌の楽しさを知ってしばらくは「探す」という動作に囚われていた気がしています。五七のリズムに当てはまる事象を探したり、五音七音の言葉を探したり、季節に合った言葉を探したり、キラキラするような表現を探したり、とにかく心はキョロキョロと落ち着きませんでした。後に本当に詠うべきものがわかったとき、既成のルールや音調、韻などというものは所詮天ぷらの衣にしか過ぎないことが露わになりました。大切なのは衣ではなく、中身のネタであることをもう一度胸に刻み込み、素直な心情や感覚を丁寧にすくい上げることが大切であると思いました。
「探す」ことから卒業することで、全く違う世界が見えてくると信じています。
・ お日様は夏への坂を駆け下りてまだ足跡のないビーチにひとり
・ 初夏(しょか)の陽は性に合わぬと言いたげなすみれに水を含ませてみる
・ バンザイをして眠る子は鳥よりも初夏(はつなつ)の風になりたいのだろう
・ 白い花咲いていたよと言う君に半歩遅れて柑橘の風
・ ぶつけられ欠けた茶碗と飯粒を幾度も拾うそれが茶飯事
・ 幼子は母と言う名の役になり保護猫を抱く 尊さに逢う
・ 深みどり 濃さを増す風 濾過しても濾過しても来るマスクを超えて
・ 「コシヒカリ。」「あきたこまちヨ」「ひとめぼれって」精米所にてランチの雀
・ 割れることばかりを悩み膨らますもの間違える恋のひと息
・ 極めればおかず無しでも食べられるごはんのような短歌を目指す
・ はばたきで描けぬ模様 音もなく鷺は波紋の行方見つめる
・ 何もかも整えられた都会では本物は全部ニセモノみたい
・ オリーブの首飾りでも無理だろう愛は切られたふりなどしない
・ 特別な想いの浴衣は特別な想いの浴衣の海で埋没
・ みずうみは静かな霧に覆われて時のリューズが戻るのを待つ
・ 心地よい眩しさに触れ目を閉じる君を遠くで見ていた日には
・ 午後三時ふいに集まる輪の中に古米で作るポン菓子の音
・ 難易度はじりじり上がる不足分貼っても未だ出せない手紙
・ 切れることこびりつくこと恋文を束ねた過去を知る輪ゴムなら
・ 想定を超えて舌さき生き残るこの飴玉をほめるべきかな
・ ピボットの音が響けば懐かしきシュートの形で影は静止す
・ 見開いて思いきり吸うその森に一歩踏み出す覚悟を決める
・ かけ算とわり算で来た二人だが引き算だけは解けずに一人
・ 巡礼はまた動き出す 鐘の音が人の軋みに染みこんでゆく
・ 再開をよろこび揺れる目一杯白を咲かせてドウダンツツジ
2020年8月31日
短歌 ミルク