憂鬱という字を書くことそのものが憂鬱な六月。雨を待つもの、嫌うもの、そんなことはお構いなしに灰色の雲を積み立てては崩し、泣き崩れるかのようです。君たちは無意味な事を繰り返しているよと言うように、時折晴れ間を見せて大人しくなったと思えば雷雲を運んで来ます。六月のそれは、どう考えても水に流して欲しい憂鬱ではなくて、風に取り去って欲しい方の憂鬱です。そんな気がする梅雨の一日です。
せき立てるように嘔けよと憂鬱を知りもしないで言うな六月
六月のなべぶたを取っ払ったような空が見たいのです。八月の。
2019年6月25日
短歌 ミルク