忍者ブログ

短歌のリズムで

言の葉が群れをなすかな鰯雲 暮れゆく空で歌になるらむ

実話と寓話

それが事実であっても、仮に創造された出来事であっても、対象や対象との関係性がどうなのかによって作品の世界観は大きく変わります。
最も端的にそれを示すものは、相手や対象が人であるのか、人ではないものなのかということであり、言わずもがな、人ではないものの方がより広い世界を想い描くことができるものです。とても有名な方の歌においても、この二つが解りやすい歌を目にすることができます。あくまで私の勝手な感じ方ですが、読み比べてみた感想を述べたいと思います。

実話的だと感じた歌

A・たとへば君 ガサッと落葉すくふやうに私をさらつて行つてはくれぬか
  河野裕子 「森のやうに獣のやうに」

寓話的だと感じた歌

B・チューリップの花咲くような明るさであなた私を拉致せよ二月
  俵万智  「かぜのてのひら」

二首とも素人が感想を言うのもおこがましいような有名な歌人の代表的な歌になります。
先にお話しておきますが、私はAの歌は嫌い、もしくはなんとも思わないという感想です。
圧倒的にBの歌の方に惹かれます。

なぜ実話的と寓話的などというややこしい言い回しで分けたのかと言うと、直感的に、Aは対象が人でなければ成り立たない歌ですが、Bは人以外でも成り立つ歌だと感じたからです。
同じように相手への少しもどかしい想いを詠んだものなのに、読めば読むほど二つの歌の距離が離れてゆくようで不思議な気持ちがします。
皆が一様に素晴らしいと褒め称えるAの歌に対して、私が何故嫌いとまで言うのかを不思議だとか変わっているとか、そう言う人がいらっしゃるかもしれません。

以前にパーソナルスペースのことを少しブログでお話したことがあります。近付き過ぎると妙な緊張や嫌悪がもたらされる距離のことです。
自分が踏み込んでも、踏み込まれても、また近付いても、近付かれても同様のことが起きます。

私には、Aの歌が微妙にこの距離の内側にあるような気がしてなりません。(意図せず自分が相手のパーソナルなスペースに少しだけ入り込んでいる感覚です)うまく説明できませんが、よく似た感覚は、幸せな子供入りの家族写真の年賀状を見たとき(見せられたとき)に近いと思います。
私の心が病んでいると言われればそれまでですが、作者の意図なのか解りませんが、内々の事情を外に向けて見せたいという心が滲み出てしまっているように思います。誠に正直な事実で、それをそのままに詠んだと言われればそれはそうなのですが、相手のもどかしさや頼りなさも含めて、もうちょっとサラリと詠われていれば私の感じかたも違っていたかもしれませんが、大嫌いな旧仮名の表現が疑いの火に油を注いでしまって益々嫌いになりました。

二人の間のほんの小さな事象をやたら大きな張りぼてにしたみたいで、私を見て、私の彼を見て、そしてその頼りなさも見て、それでもその彼を好きな私を見て、どう?、どう思う?、とっても素敵な世界でしょう?・・・・・・・。

対して、Bの方の歌は何か相手(歌の対象)がショーウィンドウのマネキンや、もっと言えば浮かんでいる雲でも成り立つような、深い問いかけが含まれています。人間らしい温度を感じないとすら言えるかも知れません。嫌悪感も緊張感も湧いてきません。(拉致せよ二月)のもたらす薄暗さ、少しの失望、儚い期待を(チューリップの花)という自然の完全体へ憧れとして投げかけているのですが、登場する私、あなた、チューリップ、二月のどれもがきちんと自立し、適度な距離感を保って成立していると思うのです。その距離感が読者である私に伝わっているので、私はその中に秘められた悟りのような問いの答え探しに没頭できるのだと思います。

それが真実かどうかは別として、個人とその事情にべったりと寄り添い過ぎれば、ある種の気持ち悪さを誘発しかねません。これはリアリティとは別のファクターです。「それがどうしたの?」とか「あっそう」につながりかねないとてもシビアな感覚だと思います。

俵万智さんの短歌は、どれもこの距離感が絶妙です。自分が、自分が、自分が、という歌人、作歌の氾濫する中で、あっさりとし過ぎていると思えるほど、読者との距離を保っています。だからこそその内面に強い魅力を感じざるを得ないのです。

自分の事情は特別なことではない。ただ心がいつもとは違う揺れ方をした。
その震源は一体何なのか、それを歌で心に問うてみたい。
俵万智さんの歌は私にはそう聞こえました。

・ いろいろな焦点距離があってこそ レンズやカメラの自慢はいらぬ

いいカメラ、いいレンズでなければ、いい写真が撮れないなんて昔の話。

2020年9月9日
短歌 ミルク
PR

コメント

プロフィール

HN:
ミルク
性別:
非公開
趣味:
頭の体操
自己紹介:
気づく人だけが手に入れられる
輝きを求めて、日々の宝探しを
楽しむように短歌のリズムで進む
足あとのようなものです。

カレンダー

10 2024/11 12
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

リンク

にほんブログ村 ポエムブログ 短歌へ
にほんブログ村

当サイト内のすべての絵と文、短歌の転載はご遠慮ください。
無許可の転載、複製、転用等は法律により罰せられます。
All rights reserved.Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.
本站內所有图文请勿转载.
未经许可不得转载使用,违者必究.
にほんブログ村 ポエムブログ 短歌へ