ある方から頂いたコメント文の中に「怖いですね」という言葉がありました。薔薇の棘をモチーフにしたやりとりの中で発せられたものですが、この感覚こそが至極まっとうな普通の感覚であると感心いたしました。「棘」とか「血」とか「傷」とか「怪我」とか、日常ではとても怖い感覚、痛みを伴うことでしか使わないものです。昨今の短歌、特に若年層の「落差信奉」の歌には、やたらと「死」や「殺」という文字と言葉が使われていて、覚悟のない雰囲気だけの言葉遊びに終始しています。「怖い」と思える想像力こそが、歌を紡ぐ人にとっては欠かせないものだと思っています。小さな自分ごとにいちいち感動し、ありもしない大きな落差だけを雰囲気で詠う。もはや短歌は崩壊寸前だと私には思えるのです。
・ダメージは趣の域農協の帽子のつばも短くなって
・枯れ落ちたそれも誰かの船だろう小さく脆くあやういけれど
・真実の圧を感じて進化する社交辞令で人は変われぬ
・春みえず人の影すら疎らにし風評という呼び名を憂う
・十代は他愛ないほど輝いて脈を取り合うことすら楽し
・五分咲きで光は変わる病棟に淡いピンクの春の陽が差す
・いつの日か消えて無くなるその時にぶつけた憂さも消えるだろうか
・「アリさんは溺れちゃうよ」とほだされて絡め取られる小さな渚
・蜘蛛の巣とせめぎ合うこともう3ヶ月人は鬼にはなれないものだ
・遮られ水を絶たれて甘くなる果実とならん 絞り出す歌
・花びらは翼のかたち風を編む春の楽譜は途切れずにあり
・鳥たちも巣立ちは命がけだろう翼を担ぐ春の揚力
・不自然な自然のかたち風紋に砂が隠した恋の公式
・それはまるで心の粗をそぎ落とす狂気にも似た志功の刃
・愚痴ならば鏡に向かい唱えよう永遠に出られぬ光のように
・悲鳴なら無意識に出る意識して吐き出す愚痴は悲鳴ではない
・花の香はスマホも伝えられなくて君の言葉を待つ人がいる
・寄せてゆく忽ちにひく親心波に隠れた密かな学び
・ネガティブは丸めて捨てて前を向く不幸は不幸が大好きだから
・前線の緞帳上がる花舞台名も無き花にも光を招き
・うれしいは音でもわかる畦走る水は笑顔で水車に乗って
・跳ね上げる水は冷たく夕凪は春のbeatに乗れないままだ
・早乙女を待ち焦がれるは皆おなじさみしがり屋の土の重力
・さみどりに色戻しゆく生わかめ見ながら辿る蕗の春色
2020年4月29日
短歌 ミルク