忍者ブログ

短歌のリズムで

言の葉が群れをなすかな鰯雲 暮れゆく空で歌になるらむ

番組のフリップのように 「線」



「虹でさえ等しい幅で分けられて大人は線を引きたがるもの」
PR

コメント

1. 無題

ミルクさんこんにちは。ミルクさんの観察眼の鋭さにいつも感服しております。
オランダに来て驚きました。オランダ人は虹を六色だと思っているのです。調べてみたら欧米では虹は六色が常識でした!日本人は赤橙黄緑青藍紫(せきとうおうりょくせいらんしと覚えましたよね)ときれいに7等分、欧米人はきれいに6等分した虹の絵を描くんですね。
常識はところ変われば非常識とはよく言ったもので、考えてみたらミルクさんのおっしゃる通り、虹には線なんて元々ないのですよね。グラデーションですから。
今まで虹の中にくっきり見えていた等分の線は何だったんだろうと思ったりしています。
(お忙しいところ失礼しました!返信はお気になさらないで下さいね。(^-^))

2. 人はまだ本当の豊かさに気付けていないのかもしれません。

みやざわ様、いつも丁寧に読んで頂いてありがとうございます。windy.comで確認するとお住まいのあたりの気温はなんと20℃!。下手をすると35℃に届きそうな日本では、猛暑とコロナの二重苦が続いています。何とか始まった五輪も盛り上がりは今ひとつですが、第五波を押さえ込むために、また多くの夏のイベントは中止に追いやられそうです。

虹の歌には、お察しの通りの少し大人達への皮肉を込めていました。(わかって頂けていることが、さすがのみやざわ様!)

本来境目のないプリズムの帯であるはずの虹に、ちょっとした知識がついてしまった大人はその色の数や区切りをはっきりとつけてしまいがちです。国によっては4色から7色まであるようですが、もっと多くの色を見いだしても少しも不思議ではありません。確かにジャパンブルーとも称される藍の色を含めることは。戦勝国のアメリカなどには受け入れ難いことだったのかもしれません。合理的な考え方が一般的な西洋では概ね6色で統一されているようですね。

「見える」ということの意味をたびたび私は考えます。

目が不自由な方々や、蜘蛛や蜻蛉や深海魚には、果たして「見える」ということの意味はどのようなものなのか、ひょっとしたら思慮に乏しい人間が安易に「見える」ということの意味を偏って定義してはいないのだろうか、それが短歌を作る人の心の眼にも悪い影響を与えているのではないかと感じることがあるのです。
自然はもっと大らかで豊かな「幅」をもって存在しているのに、人は神様にでもなったつもりで「定義」を乱発しているのではないかと思います。古典嫌いの私が唯一感服しているのは古来日本の色の呼び名の豊かさですが、そんな敬虔な心情が徐々に失われつつある現代への、ちょっとした皮肉のつもりで作りました。

歌はきっかけに過ぎませんが、とても深く読み進めて頂いて嬉しく思います。
「君は天然色」を聞きながら、あずきバーを食べているミルクより。

プロフィール

HN:
ミルク
性別:
非公開
趣味:
頭の体操
自己紹介:
気づく人だけが手に入れられる
輝きを求めて、日々の宝探しを
楽しむように短歌のリズムで進む
足あとのようなものです。

カレンダー

03 2024/04 05
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30

リンク

にほんブログ村 ポエムブログ 短歌へ
にほんブログ村

当サイト内のすべての絵と文、短歌の転載はご遠慮ください。
無許可の転載、複製、転用等は法律により罰せられます。
All rights reserved.Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.
本站內所有图文请勿转载.
未经许可不得转载使用,违者必究.
にほんブログ村 ポエムブログ 短歌へ