コロナ禍で生活は不自由になり、仕事も減少して苦しい思いをする人が増えました。だからといって一人一人が荒んだとしても何の意味もありません。蔑ろにされた命の分も精一杯もがき苦しんで、心をなだめながら言葉に安寧や希望を託すことができる自分でありたいものです。
沢山作る試みは、主に瞬発力を養うためのものです。発想を柔軟に転換したり作り手と読み手を行ったり来たりして気持ちのビー玉がどう動くのかを観察する目を鍛えることかもしれません。それは荒削りで未完成でも構いませんし、そのほうがより鋭さを持って整えることへのきっかけになるような気がしています。
「上手に詠む」事とは異なるチャレンジです。自分の心が捉えた断面により近付いてゆくための練習だと思っています。
1首目 まずは素直に感じたことを詠む。
・身の丈を遙かに超えて遡上する抗いながら命は光る
映像を見て最初に浮かんだものは、身の丈を越えて・・・というフレーズでした。ありきたりの言葉ですが、スタートにはぴったりです。鮎を直接使いたくなかったのですが、そのせいで「命は光る」が少し抽象的になってしまいました。
2首目 数回読んでみて、結句を変えてみる。
・身の丈を遙かに超えて遡上する抗いながら命を弾く
抗うという言葉から、どうしても反対語を探してしまう自分がいます。叩くとか弾くとかもがくとか・・・。弾くを選択していますが、体全体の動きとしてどうなのかという疑問も残りました。
3首目 少し臨場感というかライブ感が欲しいと思い変えてみる。
・身の丈を越えて命はほとばしる遡上の鮎によぎる青春
身の丈シリーズの3つめですが、一度鮎も遡上もそのまま加えてみようと思いました。命としていますが、体全体の動き=命がほとばしる という選択をしました。青春に代わる言葉を探していましたが時間切れ。
4首目 なぜ鮎は一生懸命に遡上するのだろうと思いを巡らせる。
・遺伝子に呼ばれるままに繋ぐだけ遡上をしない選択はない
ほぼ必ず遡上することからは逃げられないのだろうと考えて、若いながらも課せられた任務というものを背負って一生懸命登っている姿を傍観する視点から詠みました。視点をスライドさせて考えることは悪いことではありませんが、あたりまえのことを説明口調で詠んだだけになっています。
5首目 同様に後半を活かして前半部を再考してみる。
・なぞるのは命の地図で若鮎に遡上をしない選択はない
4首目と同じく報告調です。どちらかと言えば遡上をしない鮎がいたなら、何かを例えた方がよかったかもしれません。4首と共に臨場感もなくキラキラとした光も見えません。
6首目 もう少し状況を凝視して、際だって印象に残ったものを詠んでみる。
・水を打つ遡上の影よ深緑の微かに宿る鮎の流線
何とか目を凝らせば、美しい銀色の流線形が確認できます。しかも様々な薄い緑色がその背を彩っています。影さえも躍動する季節の爽やかな一瞬を詠みたかったのですが、「影よ」からの転換に若干の違和感も感じます。
7首目 鮎と自分との関係性や社会性に思いを馳せて詠んでみる。
・穏やかな流れに決意打ちつけて鮎は立派な大人に見える
そこまでは割と穏やかな流れをスムーズに来たと思われる鮎も、自身の何倍もの落差を流れる激しい水流に苦戦しています。自分が若かった時、果たしてこのような決意や勇気が持てたのだろうかと考えると、鮎はとても頼もしく見えてくるのです。完全な親バカ目線の歌です。
8首目 自分はもう若くはないので、若い人と鮎の関係性に寄せてみる。
・青臭さ悪くはないさ強がって突っ張って行け遡上せよ人
そういう方向性もあるという一例で、気付きを前面に出して鮎を引っ込めた作例です。これも自分が若くはないという前提のもとでの作歌になっていて、相変わらず説教口調です。
9首目 遠くで鷺が狙って佇んでいる。自分が鷺ならばどう詠むだろうか。
・賭ける時命は澄んで輝いて遡上の影に風吹き渡る
少し離れた所からは捕食者である鷺がじっと動かずに見ています。鷺には一体どのように見えているのか、鷺に歌の心があるとしたら、どう表現するのだろうと考えながら作りました。自身が静止していることから、より瑞々しく躍動しているものが輝きをもって見えているのではないかと想像しました。穏やかな風も少し速度を持って吹いている光景に映ります。
10首目 シャンパンの栓が開くように、季節が最も美しい瞬間を見せたような情景に辿り着く。切り取るということを意識して詠んでみる。
・五月なら今極まれり若鮎に光と風が交差する時
作りながら感じていたのは、まさに初夏を迎える季節の輝きに満ちているということでした。遡上という動きは確かに魅力的で、示唆の種にも思えるものですが、もうすこし幅を持って季節の煌めきを表現することはできないのか、「瞬間」と「交差(交わり合う)」をヒントに「今極まる」と「光と風が交差する」を選択してみました。自分の中では「鮎の周りで交差する光と風」をファインダーで覗きながら「今極まれり」というシャッターをきったという感覚です。着地点とまでは言えないかもしれませんが、ひと息つけたというほっとした読後感になりました。
2021年5月28日
短歌 ミルク
1. 解説編に寄せて