作者の気持ち、心情に寄り添いたがる作歌や選者、短歌のなんと多いことでしょう。
私性(わたくしせい)などという意味不明な文学論めいたものを持ち出して、作者がわざわざ離して詠った歌を無理やり直してまた自分に近づけてしまうような添削やアドバイスは、貴重な事象の断面を塗りつぶしてしまいかねません。
短歌を作るという思考は、活版の版を作るように反転した世界を描く思考に近いものだと思っています。インクをつけ、写し取られた後に描かれる世界がいかにビビッドで瑞々しいものであるか、また、味わいの感じられるものであるか、そこに向けての版を彫る訓練なのではないかと考えています。
・ せめぎ合う外気と内気うるおいを押しつけ合って保つ緊張
・ 恵みとふ雨も過ぎれば実を成さぬ干上がらぬよう浸らぬように
・ 揺さぶるは遅れて響く大花火不発を憂い 不発を願う
・ 押し切りでしかめたものもあるはずがどの顔もみな笑顔の飴だ
・ 灰を掻く箸の動きを追っていた祖父の火鉢と間合いを保つ
・ 痩せるには滑稽さこそ重要で天井に向けて蹴るエアペダル
・ むせかえる隙間だらけの六月に山は代謝の速度を上げる
・ 灰色で咲くことはない紫陽花は気概を見せてアメニモマケズ
・ ちぎられた空を集めて紫陽花を束ねる朝に雨はこらえる
・ 美しく澱み旨味をけむらせるアサリの生きた時間を啜る
・ 片想い託して閉じる押し花に酸いと甘いの残れる気配
・ ああ夜半の月のランプも有明にしぼんでゆくよ仕舞われるため
・ 恋は去る 線香花火 散り散りに紅くこらえる涙のかたち
・ 見せられたカメラロールも加工済み正体見たり空しき時代
・ 丁寧に老いを重ねる色褪せてゆくものだけが持つ美しさ
2020年11月1日
短歌 ミルク